病気は、治療の前に診断があり、診断の前に検査があります。
通常は検査も診断も治療もすべて医療機関内で行われます。
しかし患者数が多く医療機関数が少ない場合、検査と診断(の一部)が医療機関外で行われれば効率的に保健医療経営を行うことができます。
メタボ健診でリスクが高い人を選択的に医療機関へ誘導しようとする行政施策も、限られた医療資源の効率的利用のための保健医療経営です。
インフルエンザや結核など、現在に至るまで何世紀にもわたって人類を脅かしてきた病気は感染症で、これらの感染症にほぼ共通して出現する症状は「発熱」です。
体温計は感染症を診断するための検査機器のひとつです。
体温計が家庭に普及すれば感染症蔓延地域の保健医療経営に効果的です。
ある開発途上国を訪問した折、体温計の家庭への普及率を質問したことがあります。
「体温計は医療機関にある医療機器であって、家庭にはありません」
これが、その質問への答えでした。
日本では、1921年、大日本医師会会長であった北里柴三郎博士が設立発起人となり、「赤線検温器株式会社」を設立しました。
(赤線検温器はその後、仁丹体温計(1936)、仁丹テルモ(1963)、テルモ(1974)と変遷しました。テルモは体温計の英語thermometerの語幹のローマ字読みです。)
http://www.jintan.co.jp/museum/story/index02_02.html
高品質で低価格の体温計が開発されたおかげで、わが国においては体温計が急速に家庭や学校の保健室へ普及しました。
発熱の目安である37度のところが赤く強調されるなどの工夫により、発熱の客観的な「診断」も家庭や学校の保健室で行われるようになり、37度を超えたら病気だと小学1年生でも自己診断ができるほどの国となり、感染症対策は飛躍的に進展しました。
昭和40年代以降、水銀柱式が電子式に、やがて耳赤外線式に置き換わるにつれ、「37度」はデジタル表示値のひとつにすぎなくなりました。
水銀柱式体温計は量産されなくなり、割高となりました。
多くの開発途上国は、まだまだ体温計の普及以前の状態にあります。
まずは、37度をリスクと認識できるタイプの体温計を普及させるべきだと思います。
電子式や耳赤外線式では、内臓のボタン電池が切れたら計測できません。
市販されている体温計には感熱変色式の液晶プラスチック製のものがあります。
ガラスも水銀も使わず、電池も不要で、37度以上を強調する工夫もできますが、量産されてないので比較的高価です。
これが量産されてコンドーム程度に安価になれば、国際協力の有力な手段として大量に配布することができます。
感染症に立ち向かう有力な手段を人類は手にしているというのに、誰がどのように動けばそれを途上国の人々に届けることができるのか、そんなところで人類は躓いています。