<橋爪一郎従軍記>
まっ白い兵隊さんの巻の(2)
二月二十五日から三月二十三日までは原っぱ生活、私の一生で一番寒い経験になるはずです。あの時の事を思いますと、日本の冬はやさしいもので、寒いなど言えそうにもありません。全身・全物まっ白ずくめの原っぱでの演習は苦しみを通り越して、地ごくの底を行くようなものでした。歩き始めたら、夜昼かまわず三日も四日も歩き続けて、目のふちや鼻の先は黒くこげついてしまいました。何人もの友達が、雪の中に頭を突きこんで死んで行きました。早く見つけて、メンター酒(シュ)を飲ませると生き上がりますが、ほうっておけば氷ってしまいます。(死ぬ前は、大ていが雪の中に頭をもぐらせます、わけはわかりません。) ここ牡丹江(ボタンコウ)での生活も終りに近づいて、二十三日、私達はまっ白の完全軍装に身を固めました。毛皮の外(ガイ)とうで、体は雪だるまのようにふくれ上りました。いよいよ、どこかの戦地へ出発です。にぎり飯は各人一週間分、四十づつばかり持ちました。一週間ばかり「糞(クソ)」をたれないようにと薬(アヘン類)を飲まされました。汽車はまっ黒の牛馬の貨車で、上の方に小窓がついているだけ、外は空が少し見えるだけです。命令が出るまでは、戸を開ける事は一切禁止で、どこをどう走っているのか皆目(カイモク)わかりません。私たちは馬なみで、腰掛けも何もなく、のびのびと寝るだけの場所もなく、壁に寄りかかったり、くの字に曲って寝たり、日に日にくたびれながらレールの上を運ばれて行きました。小便する時だけ、一寸(チョット)だけ戸にすき間を作って、「ジョー」(男だから便利)、情(ナサケ)ない旅は続きました。