<橋爪一郎従軍記>
ペーチカよさようならの巻
昭和十九年二月二十五日、午前二時、「非常呼集」のラッパがま夜中のやみになりひびきました。「またかッ」と思いながらとび起きて軍装をととのえました。上官は「第一装(戦争の服)で出ろ、開戦だ」と言っていますが、こちらは、伍長にはなっているし、「また練習だろう」と思っているので、重たい物や大切なものはそのままにして、平素ためていたキャラメルやヨウカンなどを背(ハイ)のうにつめこみました。夜明けまえ、いよいよ出発、みんな「ふっふー」言っています。私は「すたこらさっさ」で身軽るなものです。「もう、だまされんぞ。」しかし、これがまちがいでした。とうとうそのまま行って二度と住みなれた第三〇六部隊の兵舎へは帰ってきませんでした。零下三十度であっても、私たちを暖ためてくれた大きなペーチカとも、私の大事な写真や記念品などを入れた整とん箱(戸だな)とも永遠の別れで、今もなほ、なつかしさと、おしさが胸にせまってきます。ペーチカは二人でやっと取りまける大きさで銀色に光って円とう形、部屋の片すみにデンと坐って天井をつきぬけています。屋根の上はま四角でサンタクローズがは入りそうな煙とつになっています。石炭を一晩中たいて部屋の温度を上げるのが二等兵、一等兵の仕事でした。たりない石炭を、よその中隊から、こっそりぬすんでくるのも、あわれな新兵の仕事、ペーチカで涙を流し、涙をかわかしたのも思い出です。
私たちはその日のうちに、牡丹江(ボタンコウ)の雪の草っ原について、この日から三十一日間、天幕の家で寒空をすごしました。