戦争の話(18)

<橋爪一郎従軍記>
   やりそこねの巻
 兵隊の位はなかなか上りません。成績が良くても上等兵になるまで丸一年、その上の兵長になるには丸三年、下士官の伍長になるには四年も五年もかかるのが普通です。私は、兵長にはならないままで、丸一年で伍長になりましたので、同じ日に入隊した友達には気の毒でした。早く進級するかわりに、毎日毎晩がたたかれどうしで、その点では友達の方が同情してくれたほどでした。兵隊になって丸一年目の一月十日は、待ちに待った日、金すじに一ッ星の伍長になる日、兵長以下の兵隊とは別れて下士官室に寝られる日でした。初めて伍長になったばかりの私達五名は、消燈(ねる時間)になると同時に兵長ども七八名を兵舎の裏庭に呼び集めました。ふるえ上るほどに寒い晩でした。ゆうべは私達は上等兵で、この兵長どもにさんざんたたかれているのです。今日は、こっちが伍長で、むこうが兵長、今日の日こそと、大きな声で「この野郎!!兵長ぐらいでしこるな(いばるな)!!」後は、力一ぱいボカボカボカとやりました。良かったのはここまで、それから後は、こちらの方がゆうべのようにさんざんたたき上げられてしまったのです。考えて見れば、私たちは、まだ一度も人をたたいた事がなく、相手は兵隊の飯を四五年以上も食べている先輩ばかりです。たたき方も外から見るように簡単なものではありませんでした。新まいの伍長の初仕事は完全にやりそこねて、細長い顔もまるぶくれ、思い出の日が近づきました。

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