<橋爪一郎従軍記>
いやな思い出かずかずの巻
満州三〇六部隊でのいやな思い出を思い出すことにしました。何と言っても、いやな思い出、ふんどしを口にくわえて立っていなければならなかったこと。兵隊にはサル又はありません。上等兵の何の気のまちがいか、急にふんどし検査があって、「臭い」ということで、一等兵全員ふんどしの取りかえ、そして今まではいていたものを口にくわえて立って並びました。タオルならとも角、ずらりとなびいた白い布、一体戦争と何の関係があるのかわかりません。
雨の日に、外での演習がない時は、内務班勤務といって大掃除や銃の手入れがありますが、それでも、ひまが余って上の位の者は手持ちざた、そんな時は一等兵がよい遊び道具です。柱にしがみついて、チーチーチーとせみの鳴きまね、時には、寝台の下のせまい中をホーホケキョと言いながら鶯の谷わたり、横木の柱にぶら下って、油汗が出るまでミノ虫のまね、落ちると「糸も引かんで落ちるミノ虫は新品種やね、何言うて鳴くか言うて見い。」六ヶ月間ほとんど毎晩たたかれて、口の中は黄くただれて、からいおかずを食べるのに苦労しました。一番痛かったのは、金の鋲(ビョウ)のついた営内靴(スリッパ)で打たれた時で、目からピカピカッと光りが出て、それから先のことはおぼえません(気絶)。夜の九時から朝の三時頃までぶっ通し六時間ばかり腕立てふせをした事も、二つの山をほふく前進(いざって進む)した全員が両ひざ血だらけに皮がはげてしまったことも悪夢のような思い出です。比ぶれば戦争はもっと楽なものでした。