戦争の話(10)

<橋爪一郎従軍記>
   目の前は敵の兵隊さんの巻
 一等兵になると一ヶ月交替ぐらいで、ソ連(ロシヤ)との国境の警備に出て行きます。国境はスイフン河の水の中央です。河をはさんで、こちら(日本)もあちら(ソ連)も山でした。ウラジオストックまで約二十里、いざと言う時はそこまで一日です。その頃はソ連と日本はまだ戦争をしていませんので、どちらも割にのんびりしていました。ただ絶えず双眼鏡でお互いに相手の様子を見合っているだけです。目の前にずらり並んだソ連のトーチカをにらんでは(実はながめては)何時ごろ何人動いたと、日誌に記入していくのが毎日の仕事です。それでも、鉄砲の中にはいつも実弾をつめていました。いざ戦争と言う時の用意と、きじやのろ(鹿みたいな動物)が出た時に取って食べる用意の実弾でした。ソ連も時々ポンポン言わせます。そんな時は、やっぱりやってるなと思いました。そして何時頃どちらの方向でソ連の銃声何発と日記にしるしておきます。
 十八年の終り頃に私たちがカンガシ溝(コウ)の国境警備に行った時には不思議な事がソ連の方に起っていました。トーチカの兵隊は殆んどが女で男の兵隊はとても珍らしくなっていたのです。私たちはソ連の女兵隊を兵隊さんと呼んでいました。ソ連の兵隊さんもお便所は日本の女の人と同じようにかがんでしていました。この事はソ連も日本と同じようにトーチカには便所は作ってなかったわけです。日本一と言われた満州国境警備の私たち関東軍の目の前には、ソ連の女の兵隊さん、関東軍はまるで馬鹿にされたみたいです。それはソ連の名作戦でした。

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