戦争の話(6)

<橋爪一郎従軍記>
   夜と昼とあべこべの巻
 四月八日から翌年の二月二十四日までの三百二十三日間が私の満州三〇六部隊生活のすべてでした。寒くて、暑くて、又冷えて、心も体も日本刀のようにきたえ上げられた満州一ヶ年には色々の思い出があります。
 ようやく五月の半ば頃、生れて初めての生活が、私達一ッ星を待っていました。それは、夜と昼が完全にひっくり返った十日間ぶっ通しの戦争けいこです。
 夕方五時半に、起きれのラッパがなりひびいて、全員一せいに朝の体操に、朝の飯、昼べんとうをもらって、夕方八時から演習に出かけるわけです。だんだん昼べんとうが近づくにつれて、あたりは、だんだん暗く、だんだん冷えていきます。どこも、ここもまっ暗、くぼみに落ちこんだり、土手に突き当ったり、手さぐりで弁当食べたり、てんやわんやです。寝とぼけて、迷い子ではなく、迷い兵隊にでもなれば、上等兵殿からホッペタをたたかれます。そんな時には、たった一つの星がにくらしく、空の星でも取ってつけたい気持ちになります。
 夜がしらじらと明ける頃、そして鶏が鳴く頃に、ようやく疲れ果てて、兵舎へ帰って来るのですが、朝の六時が夕食で、午前九時にお休みなさいのラッパがなりわたります。かんかんと日の照る日中に夜の夢を見なければなりませんが、始めのうちはなかなか眠れません。昼の十二時になっても昼食は無く、ねずみもさわがず、全く変な十日です。しかし実に役立つ演習でした。

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