戦争の話(4)

<橋爪一郎従軍記>
   赤い夕日の満州への巻
 出発・・・・久留米での三ヶ月の教育を終って、四月六日朝三時、汽車の久留米駅プラットホームに集合、まるで夜逃げのようにこそこそと満州目ざして出発です。この頃は日本の戦争の負け始めで、家の者にも知らせず、バンザイの旗の波もなく、ほんとに哀れな出発でした。汽車は博多をすぎて門司へ到着、みんながシュンとしています。誰の心にも、生きて日本へ帰れそうな気がしないのです。ナムアミダブツ、ナンミョウホウレンゲキョウ、アーメン、なんと情ない日本の兵隊さん、二等兵の私たちです。腰抜け一丁拳銃の私たち約三百人は、六日の夕方、門司の港に待ちかまえている日本の黒船に乗り込みました。二等兵は一番下の船室で、海の魚の方が、よほど上の方を泳いでいるわけです。朝せん海峡には敵のせん水艦が出没しているという、そんなぶっそうな所を、夕闇せまる頃、船は音もなく進み始めました。一時間、二時間、船は次第に横ぶれ、前ぶれ、ぎっしり並んだ私たちは芋(いも)の子のようにごろごろと転がり始めました。
「おい、やい、しずみゃするめえか?」
「しずだりゃ、死ぬかも知れんな。」
「死んだら、魚に食わるりゃするめえか。」
「食わるッ時きゃ痛かろか?」
まるで子供じみた会話で時をかせいでいるうちに、船はま夜中に釜山(ふざん)に着きました。九州出る時、桜はほんのりと七分咲き、陽気の春を後にして。

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