戦争の話(3)

<橋爪一郎従軍記>
   毒ガスにはへこたれたの巻
 口先だけでは駄目、たとえ火の中、水の中、苦しくても実行、行きたくなくても前進、それが兵隊でした。大ていの事はがまんしてがんばっていた私も、毒ガスマスクの演習には完全にまいりました。メガネをかけたままでは面はかぶれません、といってメガネなしでは先の方が見えないのです。
 幾分寒さもうすらいだ三月、演習場にはさいるいガス(涙の出るガス)をたきつめた天幕が用意されて、二等兵をいじめようと待っています。「ガス」の号令一下、猛スピードで面をかぶって天幕の中へ這入って行くのですが、ぼやぼやしていると面をつけつけ天幕の中へ押し込まれてしまいます。
 メガネを片づけるひま、それに人一倍顔の長い私には面がなかなかぴったり合いません。目の玉がしばしばして、涙ぽろぽろ。約十分間幕の中にいて、やがて「前進」の命令、天幕から出て来てほっとするのも束の間、こんどはどれが自分の銃(鉄砲)か見えないのです。一番後から残った銃を持って、その上、敵の方向もわからず、「お前はほりょだ。」とさんざん油をしぼられます。だれもかれも、目は泣きはれたようにまっ赤で、困ったのは私だけではなかったようです。頭のひこくれたものは、みんなガスマスクは苦手だったようです。
 動物園の「ぞう」を見ると防毒面を思い出し、炭やき小屋の「けむり」を見ると、またガス演習を思い出します。思い出はかなしです。

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