<橋爪一郎従軍記>
上津荒木(こうだらき)の池の深さの巻
もうすぐ紀元節という二月七日は特に寒い日でした。夕食もそこそこに、私たち初年兵は、鉄砲かついで、いつもの演習場(けいこば)である高良台方面へオチニオチニのかけ足出発、あたりは一面まつくらやみです。背の一番高かった私は鬼中隊長の荒川中尉(鬼はあだ名、荒川は本名)のすぐ後について走ればよいのであまり疲れませんが、背の低い方は、列が長くなったり急にいそいだりしていつも苦労しています。その日は、どこをどう走ったか、西の方から上津荒木小学校横の池の所までやって来ました。手先と耳たぶだけつめたくて、体はぽかぽかです。
中隊長やにわに空までとどく大きな声で「今からこの池の深さをはかる。どうするかッ?!」誰かが「さおを立てて調べるであります。」「なわに石をつけてはかるであります。」私は「石をなげて音でしらべるであります。」と答えたとたんに、「橋爪二等兵はかれ」とものすごい命令です。石は「ドボン」「パチャン」と太さで音も様々です。「馬鹿者ッ学校の先生はだめだッ。」二、三人笑っています。
その時でした。猪ノ口二等兵が「中隊長殿」と言うが早いか、池の中へざぶざぶと這入って行ったのです。中隊長は「そうだッ!!続け!!」の号令一下、腰の軍刀サツと抜いで、首までジャブジャブ。私も首までずぶぬれ、しかし背の低い方はひざまで位。「この池は渡らぬ」の隊長の命令で引き返しましたが、その池は思い出です。