<社会保障制度の歴史>
1601年、イギリスに「公助」の原形である救貧法(Poor Law)が成立しました。
家族による支援が得られない貧困者を救済するものです。
「共助」の原形は、産業革命後のイギリス(友愛組合)とドイツ(疾病金庫)に生まれました。
労働者が賃金の一部を出し合う、失業や疾病による雇用の中断の際の経済的保障です。
その後、ドイツでは1883年に疾病保険、1884年に労災保険、1889年には年金保険が制定されました。
1929年の世界大恐慌で大量の失業者があふれ社会不安が増大したことから、アメリカで1935年に連邦社会保障法(Social Security Act)が制定されました。
その内容は、老齢年金、失業保険、障害者扶助、母子衛生、児童福祉事業などでした。
1942年、イギリスのウィリアム・ベヴァリッジが「社会保険と関連サービス」と題したベヴァリッジ報告を提言しました。
社会保険制度を中心とした「ゆりかごから墓場まで」をスローガンにした社会保障計画で、社会保障の理想的体系が示されました。
戦後の経済成長期には、社会保障を通じた所得再分配は大量生産の受け皿である国内需要の拡大に寄与するという理論で、社会保障制度が発展しました。
1970年代、低成長期になると、社会保障の抑制の必要性が叫ばれるようになりました。
近年は、人口の急激な高齢化・少子化が、社会保障制度の再構築を迫っています。